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2006年12月12日

第1回 チョロン裏の運河

屈強な男。加えタバコで「もうひと仕事だな」

屈強な男の背後の船には真っ白なカマウ産の塩が。くわえタバコで「もうひと仕事だな」

チョロンを少し、離れて
 正確に言うと、現在のチョロンとかつてのサイゴンは必ずしも範囲が一致しない。だが今昔を訪ねるには、ここはうってつけの場所なのだ。

「あの白いのが何だって? 塩だよ、カマウ(Ca Mau:ベトナム最南端の省)から来た塩。日本人ならアジノモトォかな、はははは」
 そう男は笑った。
 ホーチミン市6区、観光スポットとしても有名なビンタイ市場(Cho Binh Tay)から歩いて10分ほどのタウフー(Tau Hu:日本語に訳すと豆腐)運河のほとり、ここにも古きサイゴンを見つけることができる。

かつての倉庫街を彷彿とさせるショップハウス
かつての倉庫街を彷彿とさせるショップハウス
腐臭を放つ、漆黒の水

 運河付近では、ホーチミン市を貫く東西道路の建設が急ピッチで進行中。
 かつてメコンデルタの米の一大集散地として名を挙げ、「サイゴン米」の名を轟かせたのがこのあたりで、「三井物産の倉庫には日本に送られる米が山と積まれていた」とは第二次世界大戦時の当地を知る日本人の言である。
 精米工場が所狭しと並んでいたこの一帯だが、経済発展の波をこうむり近年では水質汚染が進んでおり、近づくと悪臭が漂う。

20世紀初頭の運河の姿
20世紀初頭の運河の姿
かつては鉄道も

 昭和16年、日本印度支那協会が作成した「サイゴン及びショロン(チョロンの旧称)市街図」を見ると、ベンタン市場前から出発してチョロンまで運河沿いに鉄道線路が描かれている。メコンデルタの米を市場まで運ぶ役割を担っていたのだろうか。

21世紀初頭の運河の姿。男たちの姿に変わりはあまり、ない
21世紀初頭の運河の姿。男たちの姿に変わりはあまり、ない
 バイク・トラックが物流の主役を担う現在ではその名残は確かめようもない。ちょうど東京の日本橋がそうであるように、東西道路が完成する頃には運河も日陰者になってしまうだろう。
 肩に荷を担ぐ男たちの姿もそろそろ見納めなのかもしれない。

(VietnamGuide.com)

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