猛暑が続くなか、ホーチミン市の人々は雨を望んでいた。この暑さをやわらげられるのは、雨しかないからだ。しかし4月13日(月)の明け方に降った大雨は、人々を恐れさせた。それはなぜか。
大雨による洪水ではない。洪水なら雨季に慣れっこだからだ。むしろ雨が降らなくても、潮の関係で水は溢れる。洪水は人々をただ不便にするだけで、恐さを感じさせるまではいかない。
恐さの原因はその日、雨後に水が溢れた道路に、切れた電線が落ちてきたことにある。この電線がバイクに触れ、一人の女性が命を落とした。ほかに複数の人が、すんでのところで難を逃れた。
水が溢れた道路で、人々がゆっくりバイクを走らせているその現場での出来事だ。その女性の身に降りかかった災禍は、誰の身に降りかかってもおかしくない。この街ではどこでも、極めて無秩序に電線が張り巡らされているからだ。
何年もの間、市民は「足下が乾いた」雨降りの日を夢見てきた。しかし夢はいつまでも夢のままだ。「来年には基本的に洪水はなくなる」その約束もだんだん、「来年は、」「再来年は、」「再々来年は、」と伸び伸びになっている。
ホーチミン市は現在、街中が洪水対策の一大工事現場となっている。至る所で工事がなされ、その工事も長期化しているが、雨が降れば水が溢れる。工事の拡大に伴い、洪水も拡大している。今やもう、誰も約束すらしなくなった。
もうすぐ本格的な雨季に入る。私たちは雨降りのなか、道路に深くあいた穴を避けるためにしっかりと下を見ながら、突然上から落ちてくる電線にも注意を払わねばならないというのだろうか。